不動産リノベーションのいまのカタチとは。パイオニアが語る、人と家具の関係の変化
リノベーション家具を販売しているマルニファニシングですが、そもそもこの「リノベーション」は、マンションなどの物件を自分好みに作り変えることを指しています。古い家具に新しい価値を与えて提案することはまさに不動産のリノベーションと同様であると、この言葉を使っています。では本家のリノベーションはどういった考えのもとで実行しているのか、この分野のパイオニアであるスタイルアンドデコの代表、谷島香奈子さんに詳しく話をうかがいました。弊社代表の山中洋との対談形式でお送りします。
谷島香奈子(やじま・かなこ)
不動産&リノベーション会社 (株)Style & Deco代表取締役。2006年、「不動産」と「デザイン」で新しい暮らしを創造するStyle&Decoを設立。業界に先駆けてリノベーション向きのリフォーム前の物件、居住中の物件のみを紹介を行うサービスEcoDecoエコデコを立ち上げ、リノベーション・ワンストップサービスをスタートする。著書に『中古を買って、リノベーション。』(東洋出版)、『秀和レジデンス図鑑』(トゥーバージンズ)がある。
山中洋(以下、山中) リノベーションの会社と木工家具メーカーは、近いように見えますが全然領域の違う業界で、あまり交わることがないですよね。
谷島香奈子さん(以下、谷島) もちろんインテリアを含めてお客様に提案することもありますが、木工家具の詳しいことはわからないです。
山中 僕も同じです。スタイルアンドデコについていちから教えてください。どんな事業を展開しているんですか。
谷島 2006年に創業して、中古物件の購入からローンの組み立て、設計、施工までトータルで提案する「EcoDeco」を主軸に、大人世代の暮らしを提案するメディアとリノベーションや不動産活用のサービス「totonoi」、撮影スタジオ運営を行っています。あとは不動産の案内も。
Style&Deco
https://www.style-and-deco.com/EcoDeco
https://www.ecodeco.biz/totonoi
https://totonoi.life/山中 実際、リノベーションの相談に来るお客様はどういう方なんでしょう。
谷島 17年前に起業したときは、新築の物件を買うより、はるかに安い中古物件を買ってリノベーションをした方が、好みの間取りや内装で自分らしい暮らし方ができるという理由で決断される方がほとんどでした。私が起業したのも友人の住まい探しの手伝いがきっかけで、新築だと自分の好みの物件がない、予算も多くない。それなら、中古マンションをリノベーションするととってもかっこいい家に住めるけどどう? って提案したのが最初。
山中 当時からリノベーションという言葉はあったんですか?
谷島 ありましたが、一般に使われていた言葉ではないです。私もリノベーションという言葉を掲げるか迷ったくらい。だから物件購入は、新築を買うか、中古物件を買ってそのまま住むかの選択肢しかないと思われていたんですよね。でも要望を深掘りしていくと、実はリノベーションして住むニーズはすごく高かった。とはいえどこに相談すればいいのかわからないし、仲介する人もいない。建築家とユーザーのマッチングの経験があった自分が間に入ればスムーズだなと思ったんです。当時は中古をリノベーションして暮らす豊かさをみんなにもっと教えてあげたい! って変な使命感に燃えていました。
山中 「新築マンションを買う」のがステータスでもありましたよね。
谷島 ええ、そういう見栄を取り払ってしまえば「こっちの方がお得」って気持ちでリノベーションを選ばれる方がたくさんいました。そんな状況を経て、最近では中古物件の価格もそれほど安くなくなってきています。リノベーションの費用をしっかりかける方も多くなり、新築を買うのと差額が縮んできているのも事実です。
山中 つまり、価格の高低を抜きにして、新築とリノベーションを並べて検討される方が増えている。
大きなダイニングセットは、ご実家から譲り受けたもの。リフォームして使っている
戸建からタワーマンションへ住み替えたご夫妻。家具がお好きで、ご自身でリノベーションして使っているものも
谷島 そうです。新築も買えるけど中古を選ぶのは、リノベーションの方が内装のグレードが高く、自分の暮らしを豊かにできるから。リノベの方が安いという理由だけではないんです。
「傷を直してほしくない」という修理依頼
山中 マルニファニシングでは古い家具をアップサイクルして販売しているので、そういう判断をされる方がいるのは私たちにとって心強いですね。家具とは事情が異なることは承知していますが、新しい物件と古い物件を同列に見るということは、新品の家具と古い家具を同じ俎上で検討してもらえる可能性がある。新しいものには新しいものの、古いものには古いものの価値があり、その差は価格だけじゃ計れないはず。
谷島 古いものを捨てずに使い続ける価値が見直されていますが、家具こそ当てはまりますね。私たちのお客様でも、家具を買うときには、自分が大事に使った後に次の誰かに譲れるかどうかという目線で選ぶ方が増えている印象です。
山中 私たちが提唱する「リノベーション家具」は、そうやって捨てることを免れた年代ものの家具が巡り巡ってメーカーの元に帰ってきて、新しい価値を加えています。だから物件と家具の違いはあれど、やっていることはかなり近いですよね。
谷島 先日、友人のお母さんの住み替えの手伝いをしたときに、すごく立派な椅子を譲り受けたんです。その方がおっしゃるには、自分が大事にしてきたものだから大事に使う人に譲りたいと。家具を使い続けて、まるで家族のように思い入れが強くなっていったんだなと素敵に思いました。
山中 長い間使う家具にはそうした家庭や個人のストーリーがたくさん詰まっているんですよね。修理の依頼があっても「この傷は直さないで。そのままでいい」と言われたりするんです。孫がつけた思い出だからって。言う通りにすると、傷は残っている一方で全体的に見違えるようにきれいになっているからものすごく喜ばれる。家具は消費財とはいえ、ものすごく人間に寄り添った道具なんだなと思いますね。モノ以上の存在になっていくというか。
山中 ちなみに、リノベーションのお客様はどんな家具を希望されるんですか。
谷島 結婚を機に初めて家を購入する方は、新しい家具を買うことが多いですが、ある程度年齢を重ねていると、今まで大事に使っていたものをそのまま使う方も。四角いテーブルを次の引っ越し先に合わせてラウンド型に加工するなど、形を変えたいという要望もあります。住み替えても大事に使っていますね。
山中 ああ、やっぱりそうなんですね。僕はマルニ木工の社長でもあるから新品の家具を買ってほしい。その一方で、家具をメンテナンスしながら長く愛用してほしいという思いもあるんですよ。だからそういう話を聞くと、いいなあと思いますね。そのためにはメーカー側がもっと修理について発信していかなくてはならない。そもそも家具が修理できることを知らない方もいて、メーカーからの案内が足りていないなという反省もあります。
谷島 それについては私も経験があります。20代の新婚の頃に見た目が気に入った海外メーカーのソファを購入し、それから10年以上たって張り替えたいなと思ったのですが、どこに相談したらいいのだろうかと困ってしまって。メーカーに対応してもらうにも海外だったために問い合わせ先がわからず途方に暮れました。それでマルニ木工さんにお願いしたんですよね。そのとき、どうしてきちんとメンテナンスまで対応してくれるメーカーで買わなかったんだろうと反省しました。購入時にそこまで考えてなきゃいけなかった。
山中 そう、いざ修理しようってなったときに初めて問題に直面するんですよ。メーカー側にも「言われれば修理しますよ」と消極的なスタンスが根強くて、明確にメンテナンスを打ち出していないこともありますから、途方に暮れるのも理解できます。気軽に修理を依頼できる環境づくりから始めないとなと思っています。
まずはざっくりでいい。とことん話をして理想像に近づける
山中 リノベーションの相談に来る方は、最初からこういう部屋にしたいという具体的なイメージを持っているんですか?
谷島 最初からカチッと決めている方もいなくはないけど、「だいたいこういうイメージで」と集めた部屋の画像を見せてもらうことが多いです。そこからヒアリングをして、設計担当が読み取って理想の形を作り上げていきます。
山中 マルニ木工も、今でこそ近年の代表作の椅子「HIROSHIMA」を指名買いされることもありますが、「ダイニングセットを探しています」という範囲が広めの相談がほとんどです。サイズの指定があるくらいで。
谷島 そうだったんですか、てっきり家具こそ名指しで買うものかと思ってました。
山中 マニアックな人やデザインが好きな人はそうですが、多くはないですよ。僕らは自分たちの家具の中で決めればいいけど、谷島さんたちは物件探しから間取りのコーディネート、家具や内装や水回りを含めて要望を叶えていくんですよね。手続きがあまりにも多岐に渡るので大変そう。
谷島 既製品を繋ぎ合わせていくのではなくて、すべてオーダーメイドのようなものですからね。お客様に寄り添ってやっていくしかないです。かつてマンションの部屋をある映画の世界の中の家のようにしたいという依頼がありましたが、映画のその家は戸建なんですよ(笑)。でも気持ちはすごくよくわかるから、納得してもらえる提案をするぞ、と挑みます。
山中 さっきの家具の修理の話でも挙がりましたが、お客様はなんらかのストーリーに基づいてイメージし、リメイクやリノベーションを行うのでしょうね。映画の部屋はまさにそれで、他にもドラマや小説の世界観を目指していたり、あるいはウッドや植物など素材や風合い、質感が大切だったり。見晴らしや室内の抜け感を大事にしているのかもしれない。
谷島 私も自宅をリノベーションしているのですが、私の場合は立地や場所を含めた暮らし、ライフスタイルを重視しました。自宅で働きやすくて、自分の足を引っ張らない家。それでいて今の自分を一番心地よく高めてくれる場所を作るのを目的に。抽象的ですが、そういうのをキーワードにして探っていくのもありです。
山中 スタイルアンドデコはいち早くリノベーションを提案してきた会社。今では同様の企業がたくさん登場していると思いますが、どんな理由でスタイルアンドデコを選んでいただいているのだと思われますか?
谷島 私たちは「こういうリノベが得意です」といったテイストやカラーを最初から打ち出していないんです。つまりどんなものでもやるってことなんですけど、おかげさまで長年の蓄積で事例が豊富なので、お客様側としてもイメージがつかみやすいのではないかと思っています。当社に相談に来られるのは、サイトに載せている事例をすべて読み込んできているような熱心な方が多いんですよ。
山中 事例が多いと、これと同じようにというオーダーも可能ですし、近いけどちょっと違うといった微妙なニュアンスの違いも聞き取りできそうです。
谷島 『リライフプラス』などのリノベーション専門誌、住宅雑誌やライフスタイル誌のリノベーション特集に取り上げていただいて、そうした事例から相談につながったり。あと特徴としては、私以外は建築事務所出身のスタッフばかり。設計はできるけど、いい住まいを作りたいとなると不動産のこともわかっていないといけないことを実感している人が参加してくれています。また、ファイナンシャルプランナーとの提携も在籍していて、ローン設計や老後の返済プランなど、建てたその後のケアにも目を向けている。十人十色の要望を受けて、物件を探すところから始まり、内装を一緒に考え、その後のフォローもしていく細やかさで、喜んでいただけるように取り組んでいます。
山中 いやあ、そうした要望を具現化していく困難さは計り知れません。ましてや高額な買い物ですし、気が抜けないですね。中には、家具の修理の要望もありますか?
谷島 私たちのお客様も一度住宅購入や家づくりを経験した50代以上のお客様が多くなっていて、何かしらのストーリーがある家具を使いたいと希望される方は少しずつ増えています。それこそずっと愛用してきた椅子だとか、譲ってもらったものや、ヴィンテージの家具といった。子育てを終えた後に、ゆっくり暮らす日々をいかに楽しくするか。そういう提案が求められる中で、家具で豊かな気持ちになってもらうのは、とても魅力的に写ると思うんです。
山中 やはり、現代人の意識はものを大切に使う方向にシフトしていますよね。僕としては、家のリノベーションのように、家具のリノベーションも普通のことになっていったらいいなと思っています。修理やリノベーション家具の要望があったらいつでも協力しますので声をかけてください。
谷島 家具の修理の提案が円滑にできることも私たちの強みにしていきたいので、その際はぜひご相談します。
構成・編集 本多祐介